夢の里の夢

その土地で作った小麦をその場でうどんにする。

私たちの夢は、人に、環境に優しいうどんを作ること。
その土地で作った小麦をその場でうどんにする。
畑の隣に水車小屋を建て、水力による製粉を実現させ、
小麦の生産、製粉、製麺までを一貫して自社で行います。
それはわかりやすく明確な地産地消のカタチ。

「夢の里」は私たちが作っています

うどん好きの方にお試ししてもらいたい仕上がり

社長の思い

400年以上の歴史がある水沢うどんを引き継ぐ一人としてうどんへの研究は怠れないと考えております。 これまで、大澤屋は「美味しいうどん、日本一のざるうどん」を追求し続け、製法や小麦粉の種類にこだわってきました。食育などに見られる、食の見直し、あるいは再確認といった原点に経ち帰っている昨今、私たちもうどんに対する追求の方向性を広げるために、一度原点を振り返ってみる事をしてみようと思い立った次第です。 昔のうどんはこうであったであろうと思いを馳せる処から、具体的な工程に必要な材料や器具を1から準備し試作を始めました。 小麦を選び、自分達の手で製粉し、うどんを打つ。この工程を経る度にうどん作りへの新たな情熱も湧いてきました。 この全粒粉うどんは、小麦の表皮が含まれている分、コシの強いうどんを打つのが困難です。 現在、大澤屋でお出ししているコシが強くのど越しのよいうどんとは違い、モチモチとした素朴な触感と小麦の香りを味わう、うどん好きの方にぜひ一度お試ししてもらいたい仕上がりとなりました。

うどんの原点に戻り石臼引きの全粒粉でうどんを打ちたいという思い

大澤屋専務 大野哲兒の思い

私がこの取り組みを始めるきっかけになったのは、実家の「農地の売却」を目の当たりにしたことでした。私の生家は代々受け継いできた農地がありました。父は今年で88歳を迎えます。年の離れた姉3人は皆嫁ぎ、兄は事業を起こしており田畑を耕す気配はなく、妹は海外で生活しています。私も遠いこの地で所帯をもち誰も農業を継げる状態にありませんでした。今から10年前のことでした、父が「田畑を手放そうと思う」と言った顔が忘れられません。代々受け継いできた農地を手放すということがどんなことなのか、その時私はわかりませんでした。久しぶりに実家に戻り近所を歩いていると見慣れない風景が目に留まりました。それと同時に目頭が熱くなりました。以前そこにあった大きな田んぼがなくなり多くの集合住宅が建っていました。いまでは国内どこにでもある現状だと思います。農地が減るということがこれからの地域の生活にとって、ひいては、日本の食糧事情にどんな影響があるのか深く考えるようになりました。私の父と同じように高齢になり、やむなく農地を荒れたままにしなければならない、また手放さなければならない、そんな農家さんたちと何かできないだろうか?という考えのもと、有機栽培で小麦をつくり、うどんの原点に戻り石臼引きの全粒粉でうどんを打ちたいという想いでこの事業に取り組んでいます。

大澤屋の名に懸けて「夢の里」が好きと言っていただけるよう

企画 石川の思い

小麦畑に行き、種蒔きから刈り取りまで関わり、収穫された小麦を乾燥させ、石臼で製粉する。 種から粉になるまでの作業をしてみて、うどんの形になるまでの時間を考えると大変な食べ物であるなと実感しました。江戸時代に贅沢品として扱われていたと言う説が良く分りました。 小麦を丸ごと挽いて製粉した全粒粉ですから、うどんにした際に表皮の部分が邪魔して口当たり、舌触りが良くありません。いかに滑らかな粉にするかがポイントとなりました。挽き時間や、篩の掛け方などを調節し納得のいく滑らかな粉になりました。 今ある、石臼製粉機の能力は1日に多くて15キロ程度、それほど大量にうどんが作れるわけではないですし、小麦も有機栽培で作っておりますので大変貴重なうどんです。味の好みによって賛否あると心積もり出来ていますが、大澤屋の名に懸けて「夢の里」が好きと言っていただけるよう、これからもがんばりたいと思います。

小麦生産者 福田さん

榛名山の広い裾野に広がる平野部で独自の有機農法を取り入れつつ、有機JAS認定を取得。 有機小麦の栽培に関して信頼のおける農家さんです。農薬不使用の雑草に負けない強い小麦を作ってもらっています。小麦のたんぱく質量が一般的に生産されている小麦よりも非常に高く、コシがありモチモチとした触感を生み出してくれます。